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人間力養成講座のすすめ
2012-01-20
スピリチュアルな生き方ってなんだろう?
それは天使と話すこと?
それとも過去世を思い出すこと?
こんにちは。白鳥です。
ルテラムウのHPも心機一転ということで、ご質問の多い人間力養成講座について旧メルマガから抜粋です。
そもそも人間力って何かっていうと、ようは『生きる力』なんだよね。
心と肉体と魂が三つそろって健全な状態でいれればいいわけ。
これが肉体と心のケアはするけど、魂の成長という視点が抜け落ちていたり、逆に魂にばかり気がいってしまうと、人間としての健全な精神の発達が止まって、全体としてバランスを壊してしまったりするんだよね。
とくにわたしが非常に危ういなあと感じているのが、後者の魂にばっかり気をとられて日常がおろそかになっている、スピリチュアルあるいは精神世界系にのめりこんでいる人たちなんだよね。
ずばっと言っちゃうと、かれらの多くは本当の意味でのスピリチュアルな生き方を知らない。
精神世界にあふれている情報は、本質的に即物的で、ビジネスマンご用達の成功法則と基本的に変わらない。
ただ天使や女神のエネルギーといったベールをかぶっているから、その本質がわかりにくいために、なにも知らない人間はころっと騙される。
あるいはアセンション・大禊・大浄化といった情報も同じで、言ってみれば、子どもの頃聞かされた「悪いことすると地獄に行くよ」とか「嘘をつくと、閻魔様に舌をぬかれるよ」と言った内容と基本的な構造は同じ。
本当の意味でのスピリチュアルな生き方っていうのは、日々自らの霊性を磨くことなんだよね。
霊性を磨くことは生き方の問題であって、アセンションが来るとか来ないとか、そうした外部の情報とはまったく関係がないんだよね。
さまざまなエネルギーワークを受けたり、天使と話すことがスピリチュアルなんじゃないんだよ。
ただひととしてこの世に生まれ、その魂をさらに磨くために、さまざまな経験を重ねていくという視点をもって生きることがスピリチュアルな生き方なんだよね。
じゃ霊性はどうやって磨いたらいいのか?
それは日常生活の中で、自分自身の心と向き合うことなんだよね。
レイキや各種ヒーリングのエネルギーを浴びるだけじゃ意味はない。
いや、正確に言うと、自分の心を振りかえることなくエネルギーを受け続ければ、魂と人間としての意識とのあいだに大きなギャップができてしまう。
で、結果的に霊性を引き下げる結果になっちゃうんだよね。
自分自身を受け入れ、自らの心を育てる作業はときには苦しいし、当たり前の日常の地道な積み重ねなんだよね。
あるクライアントさんが、じつにおもしろいことを言っていた。
「日々の地道な作業が大切なことはわかっているんだけど、つい非日常のイベントに気持がいっちゃうんですよね」
この非日常っていうのが、クライアントさんいわく、チャネリングや各種ヒーリングのことなんだって。
じつにうまいたとえだよね。
イベントはしょせんイベントなんだってことを理解したうえでやるなら問題はないんだけどね。
乱暴な言い方をすれば、至高体験や祈り、あるいは瞑想のなかで真我に達することはそれほど難しいことじゃない。
大事なのは、祈りの感覚、瞑想の感覚を日常生活のなかに持ち込むことなんだよね。
瞑想しているときだけグランディングしてるんじゃもったいない。
瞑想の心で、晩御飯を作る。あるいは子どもの世話をする。瞑想のときと同じように安定した心で仕事をする。
これがいちばん大事な部分なんだよね。
これがスピリチュアルに生きるということだし、人間としての本当の意味での成長なんだよね。
ところが人間として成長するための具体的な方法を教えているところはそれほど多くない。
心理カウンセリングやコーチングだけだと魂の視点がぬけているし、かといって一般的なヒーリング系は心の成長に関して具体的なノウハウがない。
じゃ自分でその方法を作ってしまえという発想から作られたのが人間力養成講座なんだよね。
知識を詰め込んでも意味はないので、日常の中でひとつひとつ各自の課題と向き合ってもらいつつ進むので、速度にはかなり個人差がある。
目の前の課題をクリアしないと、その上の段階は教えないので、気楽に自分の成長を楽しむぐらいの気持で受けるといいと思うよ。
2006.4.4 発行
時代の流れを読め
2012-01-20
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今頃の時期になると、さまざまな女性誌が占い特集を組んでいるのをみかけるよね。とくに某紙では政治・経済・スポーツ・芸能ネタにいたるまで、著名な占い師たちが、今年後半の運勢(?)を占うんだけど、それぞれ言っていることが違ったりして、けっこうおもしろい。女性誌にかぎらず、経済誌なんかも年頭になると、よくその年の予測なるものをだしているよね。もちろんこっちは占いじゃなくて、その道の専門家による予測だけど。
誰でもこれから自分や世の中がどう変わってゆくのかは気になるよね。会社でも経営していれば、未来の流れをある程度予測する能力は必須といってもいい。そういう意味では、東洋・西洋の統計学を使った占いも遊びでやるぶんにはいいけど、仕事や人生のさまざまな出来事に応用するとなるとその的中率はかぎりなく怪しい。だから人生相談や経営コンサル業が繁盛するんだろうけど、その質もピンキリだったりするんだよね。
じつは時代の流れを読んで、その流れにのるにはコツがある。
テレビをみていると、日々さまざまなニュースが流れてくるけど、世の中で起きるさまざまな出来事の根底には、時代を動かすおおいなる意志とでもいうべき、方向性をもった大きな流れがあるんだよね。
たとえば織田信長。
信長は室町幕府を滅ぼし、全国統一に王手をかけたにもかかわらず、あと一歩というところで明智光秀の裏ぎりによって、あえない最期をとげたよね。いろいろな説があるけど、信長は時代の意志に殺されたのだと思う。
これはどういうことか?
日本の権力構造は中空平衡構造だといわれるよね。たしか久保紘之氏も「田中角栄とその弟子たち 日本権力構造の悲劇」の中で書いていたと思う。
中空平衡構造っていうのは、権力を一極集中させるのではなく、権力構造の中心となる部分に象徴となる無垢な童子を置いたり、場合によっては文字通り空洞にしておくんだよね。そして実際に権力に携わる武将や政治家などの人間が、中心に位置する空洞を囲んで、まるい輪っかを作るがごとく均等な横並びの力関係を作るわけ。
この説がすべてとは思わないけど、日本型の談合とか突出した存在を嫌う社会構造をみるかぎり、無意識のうちにこうした中空平衡構造が影響しているような気がする。ちなみにこれとまったく正反対なのが、欧米のように中心に権力を集中させるリーダーシップ型の構造なんだよね。
話を織田信長に戻すと、社会秩序が混乱していた戦国時代は信長のような突出した武将が必要だった。でも時代の出口が見えかけたとき、信長の役割は終わったのだと思う。時代の流れは、ふたたび日本特有の権力構造である「輪」を重んじる流れへとシフトチェンジしようとしていた。そしてその兆候は大小さまざまな事件となって、表に現れていたにもかかわらず、信長はそれに気づかなかった。その意味では明智光秀もまた時代の意志を具現化するコマに過ぎなかった。もし信長が時代の意志のシグナルに気づいて方向性を変えていたら歴史は変わっていたかもしれない。
そもそも時代の意志ってなんだろう?
それはおそらく集合無意識というやつじゃないかと思う。
人間の精神には、自分ではなかなか意識できない「無意識」とか「潜在意識」とか呼ばれる領域があるのは知ってのとおり。集合無意識っていうのは、個人的な無意識の領域のさらに奥深くにあって、日本人どうし、アジア人どうし、そして最終的には、地球上の人間はもとよりあらゆる動植物すべてと繋がる無意識のことなんだよね。
日本人としての集合無意識の中に、調和を重んじる「輪」の意志、つまり中空平衡構造という鋳型があって、それがその時々で調整機能を果たしているのかもしれない。ところが今の時代は日本人の行動範囲がひろがり、さまざまな国との関係性やそれにともなう国際情勢は無視できなくなってきた。そのため日本人特有の「輪」の意志にくわえて、さらに深層にある地球人としての集合無意識が大きく影響をもちはじめている。
これは、日本人の長らく続いた中空平衡構造の歴史の中ではとても大きな転換期にあたる。どういうことかっていうと、長年慣れ親しんできた「輪」の意識だけでは今の時代には対応しきれなくなってきているってことなんだよね。
じゃあどうすればいいのか?
時代の激流の水底にあって、まるで黒潮のように大きな流れを作り出しているおおもとの意志を発見すること。言葉をかえれば、時代という黒潮の行き先を見極めること、そしてその波にのることが、これからの時代を生き延びる大きな鍵になる。
古今東西、この流れを読み、味方につけることが、すぐれた支配者の条件だった。
それは現代もかわらない。政治はもちろん、ビジネスの世界においてもこの資質の必要性はますます大きくなっている。なにより今の時代はごく普通のサラリーマンや主婦にこそ、こうした力が必要なんじゃないかな。もちろん自衛のためにね(笑)。
じゃあどうやってその流れを読むのか?
時代を動かす根底の意志っていうのは、それこそどんなに隠そうとしても、大小さまざまなキーワードという形で、ぷかぷかと流れの表面に浮かび上がってくるんだよね。それはちょうど黒潮にのって、さまざまな漂流物が砂浜に打ち寄せる姿に似ている。古代人は地球儀なんて知らなかっただろうけど、漂流物をみて黒潮の道を発見したのかもしれない。
現代の漂流物は身の回りの出来事やニュースという形でわたしたちの前に姿をあらわす。そしてニュースを眺めながら、表面に浮かび上がるキーワードをランダムにひろってゆくと共通点がみつかる。
たとえば最近のニュースでいうなら、二子部屋の若貴の確執、日韓の軋轢や北朝鮮の拉致問題・核実験、六カ国協議、西日本の水不足と新潟・東北の大雨。さらにちょっとさかのぼると、皇室内部での新旧の考え方の違いもあったね。
ここから読み取れるのは、「双子」あるいは「兄弟」、「相反するふたつの存在」というキーワード。
二子山部屋の確執は「二子・兄弟」の象徴そのまんまだよね。
北朝鮮と韓国は同じ民族だという意味で「兄弟」。
日本と朝鮮半島もそうで、弥生時代から古墳時代にかけて朝鮮半島経由で大量の渡来人がわたってきた。もとから日本列島に住んでいた縄文人と渡来人である弥生人の混血、それが今のおおかたの日本人のルーツだよね。その意味では、朝鮮半島に住むひとたちとは、もともとは同じ血をわけた兄弟だといってもいい。
六カ国協議の六という数字も、じつは象徴的に陰陽和合をあらわすんだよね。まあ・・・このあたりは説明すると長くなるので、またの機会に譲るね。さらに双子でたどってゆくと、去年の紀伊半島沖の双子地震ってのもあったね。
ここ数日の関東や西日本における高温と水不足の気配。東北地方を中心とした大雨とは対照的だよね。これも陰陽という意味で双子という見方ができるんだよね。
ざっと見ると、ここ一年ぐらいは双子(兄弟・陰陽)というキーワードで世の中が動いているってことがわかる。
じゃあ双子は何を意味するのかっていうと、相反するもの、矛盾する二つのものの統合なんだよね。これがうまくできれば、1+1=3になる。同じなのでは意味がない。それぞれに違いがあるからこそ、ふたつの対立する力を生かすことができるっていう発想だよね。
たとえば身の回りの人間関係に双子のキーワードをあてはめるなら、もたれ合うのではなく、お互いの違いを生かすにはどうしたらいいのか? 際限ない妥協でもなく、一方的な自己主張でもない。対人関係だけじゃない。自分の心の中を冷静に眺めてみれば、いくつもの矛盾した感情が同時存在しているよね。マイナスの感情はつい抑圧しがちだけど、そうしたマイナスな自分もまた自分の中の一部。そんな自分を認めて、折り合いをつけてゆくと、それまでマイナスだと思っていた部分が魅力にかわる。
企業の戦略や新製品開発なんかも、双子のキーワードをうまく生かすと流れが味方してくれる。このいい例がトヨタのハイブリット車かも。知ってのとおりハイブリット車というのは普通のガソリンエンジンに電気モーターを組み合わせて走るんだよね。これ、双子そのものでしょ(笑)。当初は次世代の燃料電池車までのつなぎとして考えられていたんだろうけど、2004年の販売台数は国内では5万9770台、海外では6万5980台。さらにハイブリット技術が燃料電池車に応用できるらしいよね。
もっと深読みすれば、日本人じたいが弥生と縄文のハイブリットなんだから、その特性を生かせってな読みもできる。
こんなふうにニュースや身の回りの出来事から共通点をひろってゆくという方法をとれば、誰でも時代の根底に流れる潮流を読みとることができる。
それをそれぞれの専門分野や日々の生活にどう生かしてゆくかは、それこそ既存の意識にとらわれない柔軟な発想と動物的直感、
そして、
どこまで真摯に時代の深層からの警告を受け止めるかにかかっているのかもしれない。
参考文献:田中角栄とその弟子たち―日本権力構造の悲劇
※ この原稿はH17.6/28.、「現役雑誌記者による、ブログ調査分析報道」さんに寄稿掲載されたものです。
1986 夏
2012-01-20
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「まるで気の抜けたコーラみたいなんだよな・・・」
峠道の中腹にある見物コーナーの駐車場の前を耳をつんざくような爆音を響かせて数台のバイクが駆け抜けてゆく。アスファルトの照り返しとオイルとガソリンの入り混じった匂いで、あたりはむせかえるような熱気だ。
少年はそのようすをぼんやりと眺めながらぽつんとつぶやいた。
今からもう二十年近く前になるかな。まだバブルが全盛だった頃だった。
当時二輪業界も空前のバイクブームに沸きかえり、巷にはフルカウルにバックステップ、最新のレーサーレプリカバイクがあふれ、休日になると郊外の峠道にはローリング族(峠族)と呼ばれるバイク少年たちが集まっていた。
その頃わたしもロードレースに憧れるバイク乗りのひとりだった。休みになると、愛車のCBX250RSに乗って近くの峠によく走りに行った。
峠にはいろんな連中がいた。レーサーに憧れている高校生や暴走族上がりの少年。ローンで買った最新のレーサーレプリカを得意げに乗り回している大学生。友人から安く譲ってもらった中古の50ccを大切に乗っている奴。
速い奴がいちばんかっこいい。
そのためなら一瞬の競り合いに命を賭けても惜しくない。
バイク少年はもちろん、そんな命知らずの走り見たさにやってくるギャラリーも含めて、週末になると箱根や奥多摩、大垂水など有名な峠には100台以上のバイクが集まってくる。モータースポーツ関係の雑誌もそうした彼らの走りを煽りこそしたけど、ストップをかけることはなかった。誰もがお祭り騒ぎのような峠の熱気に酔っていた。
もちろん、こんな無謀な連中ばかりじゃない。バイクフリークたちの名誉のために書くけど、マナーを守って走るライダーたちもたくさんいたんだよね。ただそれでも真っ当な一般ドライバーから見れば、公道でレースまがいのむちゃな走りをするんだから、迷惑きわまりない存在に見えたと思う。
その日も数台のバイクが競り合いながら、だんご状になってコーナーに突っ込んでいった。そのなかの一台がスリップして転倒。ライダーは地べたに叩きつけられ、ヘルメットをこすりながらアスファルトの上を滑ってゆく。乗り手を失ったバイクの甲高いエンジンがあたりに響きわたる。
一緒に走っていたライダーたちがあわてて周囲に集まってくる。
即死だった。
就職は売り手市場、日本人の多くがお祭り騒ぎの真ん中にいた。物質的には満ち足りた日々のなかで、それほど努力をしなくても欲しいものは手に入った時代だった。けれどその一方で、水面下では着実に家庭崩壊や日本人の思考停止が進んでいったような気がする。そして祖母たちの時代まではかろうじて残っていた、自然とともに生きるという日本人の精神的なバックボーンさえもじょじょに失われつつあった。
「おれたちはこの狭い日本で、あきらめて生きるしかねえんだよ」
ある時、峠仲間の顔見知りの少年が吐き捨てるようにこう言った。
なんの話をしていたのか、もう忘れてしまったけれど、そのときの声の響きはまだ覚えている。
事故が起きたのは、そんな会話のあとだった。
仲間うちでは一目置かれている彼の走りとその言葉は結びつかない。
でもいまなら、彼がなぜそう言ったのかわかる。
どんなに表面的にきらびやかに見えても、内面のともなわない豊かさは張りぼての虎なんだよね。彼はおぼろげながらも、自分の内側にある、目に見えないリミッターに気づいていたのだと思う。そしてそれは彼だけじゃなく、この国に生きている多くの人々にとっても同じように働いているんだよね。それはふだんは意識の奥深くに閉じ込められていて、めったに意識の表面に浮かび上がってこない。
リミッター、すなわち日本人の限界。
正確にいうと、わたしたち日本人の多くが自らの手で設定してしまった自分、あるいは日本という国の限界なんだよね。このリミッターの根っこは敗戦当時までさかのぼる。
戦争に負けて、わたしたちの親や祖父の世代は、戦後の日本を立て直すために夢中で働いてきた。さまざまな矛盾を心の奥に無理やり押し込んで、戦中戦後の大きな価値転換に必死で順応しようとしてきた。その結果、日本は豊かになり、飢えて死ぬ人間はほとんどいなくなった。けれどアメリカに守られるのが当たり前の半人前の国家になってしまった。いま日米安保を含めたアメリカとの関係を対等な状態にもってゆくことができると本気で考えている日本人は何人いるんだろう?
今の状況を必要悪というのかもしれない。
自らの手で限界値を設定し、檻の中にさえいれば安全なんだという安易な意識がわたしたち日本人から奪ったものは、人間としての誇り、そして自らの力で生きる意志なのだと思う。
この代償は大きい。
周りがなんと言おうと自分自身でいられる強さや、何も持たなくてもただ生きているだけで感じることのできる充足感は、内側からくる自立した感覚なしには感じることは難しい。自分の力で人生に立ち向かう意志をもてば、苦しいこともあるけれど、公私にわたってあらゆる困難を乗り越えるアイデアを生み出す創造力は着実に育つ。
この意志を自分の中に育てることができないと、意識・無意識にかかわらず、鬱積した思いや無価値感、空虚感が消えることはない。それを埋めるために、買い物、恋愛、仕事、お金、名誉、権力、アルコールなど、ひとはさまざまなものに依存する。バブルの狂乱はその典型だった。
そしてもうひとつ。
古い時代の日本人の内面の豊かさを根底から支えてきたのがアニミズム的な自然とのつながりだった。アニミズムというのは、森や川など、すべてのものに霊魂が宿るとする考え方だ。キリスト教や仏教などのような組織的な宗教に対して、アニミズムは原始宗教とも呼ばれる。これは人類がひととしての意識を持つようになった頃、洋の東西を問わず世界中に自然に発生していたというから人類共通の古い考え方なんだろう。キリスト教が勢力をもつようになると、欧米ではアニミズムは急速に失われてしまったけど、日本ではつい最近まで日常生活の随所にこうした感性が残っていたんだよね。
地方によって違うけど、田舎のトイレに入ると、隅っこに一升瓶が置いてあるのを見かけたことがない? あれはトイレの神様にお酒をお供えしているんだよね。もちろん特別何かの宗教を信仰しているとかではなく、日常生活のなかで祖父の代から自然に受け継がれてきた習慣なんだよね。トイレに限らず、台所の神様、お箸の神様ってな具合に、古い世代の日本人は、自分たちを取り巻くあらゆるものに魂が宿ると考えて、心をこめて接してきたよね。自然やさまざまなものとの繋がりの中で生きるという心性は、ものを大切にする心、丁寧に心をこめてモノを作るという国民性につながっていった。
すべてのものに魂が宿るなら、キリスト教の神もアラーの神も釈迦もトイレの神様も近所の森の神様も、みんな同じ仲間なんだから仲良くやりましょうという感覚なんだよね。外から入ってきたものを受け入れて自分流に消化してしまうこの柔軟さが、近代技術を積極的に取り入れても自国の文化を失わなかった大きな要因だったんだと思う。
けれど今、そうした自然とのつながりの中で生きる文化も、当事者として自らの力で生きようとする意志も失われつつある。それは戦中世代のトラウマを現代に生きるわたしたちがそっくり引き継いでいるからなんだよね。
これがリミッターの正体。
このトラウマはそうと意識できないように姿をかえて、あたりまえの日常の中に溶け込んでいる。けれど平穏な日常に亀裂が入った瞬間、ふいにわたしたちの前に虚無感や根拠のない無価値感といった形で姿をあらわす。
仲間が亡くなったあとも、あいかわらず峠にはバイク乗りたちが集まっていた。あっけないほど簡単に訪れた死という現実に衝撃は受けたけど、それでもアクセルを緩めることはなかった。多くのバイク少年たちにとって、亡くなった仲間は特別親しい友人というわけではなく、ただの顔見知りだったからだろう。けれど気がつくと、ぼんやりと仲間の走りを眺めている少年の姿がぽつりぽつりと目に付くようになった。
峠に集まってきたバイク少年たちの多くは、瞬間のスリルに身をまかせ、ただひたすら走り続けることで胸の奥にある虚しさや無力感から逃げきれると思っていたのだ。
だけどあの日、強烈な日差しの中でまるでスローモーションビデオでも見るように、アスファルトを転がっていった少年の姿を見た瞬間、何人かのバイク少年たちは気づいてしまった。どんなに走っても埋めることができないほど、自分たちは傷ついていたのだということに。
けれど気づいたのなら希望がある。
自分の中の空虚な感覚と真正面から向き合うことができたなら、おそらく目の前の薄っぺらな豊かさにしがみつくような選択はしないだろう。トラウマに根ざした根拠のない限界なんて、その本質に気づきさえすれば簡単にはずすことができるんだよね。
「まるで気の抜けたコーラみたいなんだよな・・・」
そうつぶやいた少年はいつのまにか峠に来なくなった。
その後、彼がどうしているのかわからない。
月日は流れ、あの日から十数回めの夏がくる。
うだるような熱気の中で、ふと見上げた空はどこまでも青かった。
※ この原稿はH17.7/27「現役雑誌記者による、ブログ調査分析報道」さんに寄稿掲載されたものです。
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1双子の封印
2012-01-20
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世界は隠されたパスワードに満ちている。
歴史は繰り返すというけど、人類の歴史は、対立、分裂、統合の繰り返しだったよね。時代が動くとき、いくつものシンクロが重なる。それはまるで暗示のように、有史以来愚かしいほど繰り返してきた対立から統合という一連の流れをわたしたちの前に提示してみせる。
未来を切り拓くうえで、シンクロを読み解く作業は必要不可欠だけど、同時にそれはまるで鏡返しのように強烈な暗示作用をもっている。目の前の出来事を読み解くだけでは時代の流れを変えることはできない。むしろ知らないうちに時代の呪縛に絡めとられてしまう。
じゃあ、どうしたらいいのか?
読み解いた答えを未来に結びつけるには、時代の深層に横たわる根底の意志ともいうべきテーマを見つけることなんだよね。
そこで必要になってくるのが発想の転換。固定観念の打破と言い換かえてもいい。従来の発想にとらわれない、より自由な視点を持ったとき、時代の提示してくるテーマをクリアする方法が見えてくる。
最新の心理カウンセリングの現場では欝などの治療にさいして、固定観念や根拠のない思い込みをとっぱらって物事を別の角度から捉えなおすことによって、自分の中の可能性を拓くという手法がとられているんだよね。最近ではこうした方法を経営に応用することによって、業績を上げている会社がぽつぽつと現れ始めている。
ビジネスに応用できるなら、政治にだってじゅうぶん可能だよね。
というより昔から優れた政治家や経営者、あるいは時代を切り開いた先人たちは、無意識にこうした意識の使い方を知っていたんだよね。
今を象徴するキーワードを見つける→深層の意志を読む→流れを味方につける→具体的な行動に移す→現実が変化する
状況を意識的に変化させてゆくとき、多くの場合、物事は上記のようなプロセスをたどる。今回の解散総選挙の流れを心理学や象徴学の視点で眺めてみると、表舞台だけ見ていたときにはわからなかった本質がきっと見えてくる。
というわけで、6/28付けの原稿「時代の流れを読め」で、世の中全体の流れは「双子(陰陽)」というキーワードで動いていると書いたけど、今回の解散総選挙の流れもそのまんまだね。衆議院と参議院を「陰と陽」と読むなら、衆議院可決、参議院否決は陰陽分裂そのままの結果になってしまった。さらに衆議院内部、自民党内部においても、いろんな意味で対立がくっきりと浮き彫りになったよね。
もちろんいつの時代にだって対立はある。むしろ人間の歴史なんて対立と分裂、そして統合を繰り返してきたといってもいいよね。それならなぜ、あえて対立がキーワードだという見方をするのか? それは以前の原稿にも書いたとおり、大きなニュースの共通パターンや象徴的なキーワードをみていくと、おのずと「双子」が浮上してくるんだよね。
深層の意思が特定のキーワードを提示してくるには意味がある。
唐突だけど、時代の根底に流れている、全体をある方向に押し流してゆくエネルギーには、その時々で傾向があるんだよね。
たとえば今年は平成17年。
神道では17は弁天さんの音霊と考えられている。弁天さんっていうのは、七福神のひとりで琵琶をもった水を司る女神さまで知られているよね。これだけ聞くとなにやら優しげなイメージなんだけど、じつは本来の弁天さんに象徴されるエネルギーは男性的で強烈な破壊力をもっているんだよね。
水は命の源だけど、反面、津波や洪水を引き起こし、すべてを押し流してしまう圧倒的な破壊力をもつ。また美しく澄んだ水は鏡のように物事の本来の姿を映しだす。
ここから17のつく日や年は弁天さんの性質が作用するため、激しい浄化作用がでると考えられているんだよね。
具体的にはよくも悪くも、物事の結果が出る。それまでうやむやにしてきた悪事がばれたり、本音が露見したり。もちろん努力が報われることもある。どちらにせよその結果の出方は激しいものがあって、これでもかというほど膿がでてくる。阿修羅と観音、まさに弁天さんのもつふたつの顔そのものなんだよね。
さらによりシャーマニックな視点でみると、弁天さんに象徴されるエネルギーは「水」と相反する「火」の性質も持っているんだよね。
火というのは、人間なら誰もが抱えている煩悩、迷い、葛藤といったものを徹底的に吐き出させ、意識させることによって、昇華させてゆく性質がある。さらにマグマや噴火、地震などの地殻変動も火の作用だよね。ここから考えられるのは地震などの物理的な外部環境の変化と同時に、社会システムや人間の心といった精神的な面でも地殻変動が起きやすいってことなんだよね。
さらにカバラでは17は特別の日とされている。あ、カバラっていうのは古代へブライに受け継がれてきた物事を読み解く方法で、そのカバラで重要視されている事のひとつにノアの箱舟があるんだよね。
旧約聖書ではノアの大洪水が始まったのが2月17日で、ノア族がアララト山だったかな、とにかく洪水の及ばない高い山にたどり着いたのが7月17日。ここから17という数字は激動の幕開け、破壊と救済を象徴しているんだよね。
カバラも神道も偶然の一致にしちゃ、やけに意味合いが重なる。
「弁天の性質」「破壊と救済」「水と火」。
いずれも双子のパスワードと繋がってゆく。
政治に話を戻せば、解散によってそれぞれの立場がくっきり浮かびあがったよね。政治に無関心な層が危機感をもったという意味ではプラスに働いているのかも(笑)。解散の真価が問われるのは、この先どういう形で再統合するかなんだろう。弁天さんの猛威はこの程度じゃすまない。これでもかというほど、全体の膿を出す形で進む。同時に地殻変動やアジアの軍事バランスの変化を伴いながら、次々と難題が浮上してくる。そしてこれは個人の生活にもいえるんだよね。政界をみて、自分を振り返れとばかりにね。
材料は出揃った。
問題はこれを「次」につなげるには、双子に象徴されるパスワードをどう扱うか、だよね。
(「2 破壊と創造 双子の提示するふたつの未来」に続く)
※ この原稿はH17.8/24、「現役雑誌記者による、ブログ調査分析報道」さんに寄稿掲載されたものです。
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2 破壊と創造 双子の提示するふたつの未来
2012-01-20
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このところの政界の動きや先日の宮城県沖地震など、なんとなく世の中全体に不穏な空気が流れているような気がすると何人かの方から聞いた。そりゃ暑さのせいじゃないのって言ったら怒られそうになったけど、人間も生き物だものね。本能的にそうした気配をキャッチしているのかもしれないよね。
コンサルティングでは顧客の会社や人生の将来がかかっているので、「未来」をどう捉えるかっていうのが重要なポイントになってくる。
運命論的に未来は最初から決まっていると考えたら、話はそこで終わりになってしまうけど、実際は未来なんて幾千とおりもの可能性があるんだよね。それなのに無数の可能性の中から、最終的にひとつの結果を選んでしまうのはなぜだろう?
それは現時点での物理的な状況もあるけど、いちばん大きいのは当人の気持ちの持ちかたなんだよね。だめかもしれないと思っていたら、本当にだめになってしまったという経験をしたことはない? 逆に不安材料は山積みなのに、運まで味方につけて状況を一変してしまうひともいる。不安にかられているときっていうのは視野が狭くなっているし、すべての出来事をマイナスに結びつける傾向があるんだよね。ちょうど水色のサングラスをかけて景色をみると、全体が水色がかって見えるのと似ているよね。
現時点でネガティブな未来予測をベースに物事をみるか、状況を客観的に分析しつつも、望む未来のビジョンが実現されるのを信じて行動するかによって、結果は大きく変わってくる。ただし表面的にうまくいくと思いながら、心の底ではだめかもしれない・・・と思っていたんじゃ状況を変える力はない。
人生のシナリオは潜在意識がつくる。
だからこの潜在意識とどう向き合うかによって、未来はまったく違ってくるんだよね。
どういう結果を手に入れたいのか?
こういったスタンスで経営コンサルティングをしてゆくと状況が変わる。
ところがある程度のビジョンを描けて、それを体感することができるのに、状況が動かない場合がある。それは当人の潜在意識のなかに、現実を変えたくない抵抗勢力がいっぱいあるからなんだよね。具体的にいうと、既成概念の枠を超えることへの恐れや無理にきまっているという、自分自身に対する根拠のない決め付けや固定観念などがそう。この自分の中の固定観念っていうか、抵抗勢力が現実化して、会社をとりまく外部環境や内部のさまざまな抵抗勢力を作る。
つまり長年慣れ親しんできた考え方の癖が、慢性疾患のように現状を悪化させているんだよね。古い生産ラインでは時代の変化についてゆけなくなって、いろいろ問題が噴出している状況だと考えてくれればいいかも。
じゃあどうするか?
いま抱えているテーマと向き合うこと。
慣れ親しんだラインは心地いいけど、現状には合わない。
まず自分の考え方の癖を把握すること。そのうえで固定観念や思い込みを全否定するのではなく、その存在を認めて、感謝をもって評価すべきことは評価することなんだよね。短所と長所は裏表っていうでしょ。短所を全否定すれば、長所も消える。逆に短所と思える部分が自分の中に存在するのを認めてあげれば、短所はよりクリエイティブな長所へと進化する。
トラブルが起きた時っていうのはチャンスなんだよね。自分の中のテーマときっちり向き合うことで、そのひとは経営者としても人間としてもひと回り成長できる。内面の変化はそのまま現実の変化に繋がる。結果、傾きかけていた会社が軌道にのって動き出す。
社会全体をひとりの人間と考えるなら、双子の話もこれと同じ。
時代の深層を流れる根底の意志の正体は、日本人の無意識(潜在意識)の集合体なんだよね。あえていま双子がテーマとして浮上しているってことは、向き合えってことなんだよね。これまで人間は長い歴史の中で対立を繰り返してきたよね。でも今までのやり方では、双子のテーマをクリアできていないんだよね。
だから歴史は繰り返すという言葉どおり、さまざまな形で何度も同じテーマが浮上する。そしていま重要な転換期にきているからこそ、再チャレンジしろと、深層の意志である日本人の集合潜在意識が双子というキーワードを提示しているんだよね。
二つの勢力が対立するとき、力で一方の勢力を破壊すれば、全体として創造力を失い、結果的に自らの首をしめることになる。
政治家はもとより、わたしたちひとりひとりが、職場や家庭で、自分の中にあるテーマと向きあう事が、さまざまな外部環境に有形無形の影響力をあたえてゆく。やがてそれは時代を作る深層の大きなうねりとなって、政治や国際問題をも飲み込んでゆく力になる。
ちなみに17の次は18。これは八幡神の象徴。その意味するところは調和・創造・勝利そして破壊。つまり17で真摯に自分と向き合って膿を出しきることができれば、18は調和の姿をとって現れる。政治でいうなら私利私欲ではなく、本気でこの国を守ろうとする意思があるなら、激動の形をとりながらも最終的には調和へと向かうだろう。もしも今ここでその体制を作ることができなければ、この先に次々と押し寄せてくる状況の変化に耐えきれない。
すくなくとも人類はこれまで、このテーマでは負け続けてきた。負け癖じゃないけど、すぐに対立勢力の除去やネガティブの隠蔽に走りたがる。これが歴史を繰り返すといわれてきた所以だし、こういうときは人の恐怖を食い漁って肥え太る勢力が暗躍する。
でも過去のマイナスなシンクロニティにおびえることなんかない。双子というキーワードでせっかく提示された課題なんだから、そんなものは乗り越えればいい。
日本人なら、誰もがそれだけの力をもっているはずなんだから。
※ 「2 破壊と創造」は アセンション 1 双子の封印 と二部構成になっています。「1 双子の封印」には弁天さんの詳しい説明があるので合わせて読むことをおすすめします。
※ この原稿はH17.8/24、「現役雑誌記者による、ブログ調査分析報道」さんに寄稿掲載されたものです。
アサジョーリと卵 サイコシンセシスとは
2012-01-20
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最近よくサイコシンセシスについての質問を受けることが多いので、今日はかんたん心理学入門講座です。
■心理学の歴史
心理学のルーツをみてゆくと、アリストテレスの時代や古代の呪術やシャーマニズムあたりまでさかのぼることができるんだよね。時代がくだり、瞑想や古典的催眠などさまざまな経緯を経て、1900年代初頭、フロイトが発達論を発表する。このあたりがまあ、精神分析をはじめとした近代科学の幕開けと言っていいんじゃないかな。その間にもいろいろあるんだけど、細かい流れは書いてもしょうがないのではしょります。
さてヨーロッパで第二次世界大戦が始まると、多くの学者がアメリカに逃げるんだよね。ちょうど時代は「個の復権」とか、実存主義哲学(「今・ここ・個人」を大切にする考え方)の流れがあって、心理学もこの影響を受ける。
1960年代になると、かれらアメリカにわたった学者を中心に、来談者中心療法・ゲシュタルト療法・フォーカシング・交流分析・認知行動療法などのいわゆる「人間性心理学派」とよばれる考え方がひろがってゆく。
いま日本の心理クリニックで一般的に使われているのは来談者中心療法とよばれるもので、いわゆる「聴く」カウンセリング方法なんだよね。これはカール・ロジャースが提唱したので、こうした方法を使う先生たちのことをロジャリアンなんて言ったりするんだけどね(笑)。
で、こうした心理学の流れに対して、新しい流れがトランスパーソナル心理学。
このトランスパーソナル心理学は、チベット密教やインド哲学・タオイズムなどの東洋思想が取り入れられているんだよね。東洋思想そのものが欧米人には目からうろこだったんだろうけど、ドラッグを使ったヒッピーの流れを汲むものからシャーマニズムまであらゆるものがひとくくりにトランスパーソナル心理学なんて呼ばれているので、はっきり言って玉石混合なんだよね。
■サイコシンセシスはトランスパーソナル心理学における最初の体系的な技法
そのなかにあって、サイコシンセシスというのは日本語では統合心理学と訳され、トランスパーソナル心理学における最初の体系的な技法とされているの。
この理論と技法を開発したのがイタリアの心理学者であるロベルト・アサジョーリで、かれがサイコシンセシスを体系化したのは1910年とじつに古い。
ユング、フロイトをはじめとした心理学が人間の魂の部分(ハイヤーセルフやトランスパーソナルセルフ)を否定していたのに対して、アサジョーリは彼自身がそうした人間の持つ神性や霊的な部分を実感として知っていたんじゃないかと思うんだよね。
1900年代初頭に体系化されていたにもかかわらず、ユングやフロイトの名は知られているけど、アサジョーリを知っている人はかなり少ない。わたしがまだ検査技師の卵だった頃、解剖学や病理学といった専門科目に混じって心理学の講義もあったけど、アサジョーリの名前は記憶にない。心理カウンセラーの学校に通っていた時もサイコシンセシスじたいが必修科目に入っていなかった。
ようするにサイコシンセシスは心理学の講義でもあまりメインに扱われていないんだよね。それはおそらく、トランスパーソナルセルフ(ハイヤーセルフ)という概念じたいが当時(今も?)の多くの人々にとって理解しずらいからじゃないかと思う。
ちなみに精神世界でハイヤーセルフ(高次の自己)と呼ばれているものを、サイコシンセシスではトランスパーソナルセルフと呼ぶ。もっとも精神世界のなかでもハイヤーセルフについての解釈はかなり幅があるよね。ハイヤーセルフを会話できる存在であるととらえるひとが多いと思うけど、もしハイヤーセルフをそういう意味に解釈しているのであれば、そのハイヤーセルフとサイコシンセシスでいうトランスパーソナルセルフは大きく違う。
■トランスパーソナルセルフって?
トランスパーソナルセルフはもっと魂のコア(核)に近いもので、そうだなあ・・・・禅でいうところの「神」との一体化した自分に近いかな。あるいはサネヤ・ローマンの言うハイヤーセルフはアサジョーリの言うトランスパーソナルセルフと同じものだと考えていいと思う。
無意識の領域も含めて発展途上にいる自分という人間の枠の中心にいるのが「わたし(セルフ)」だとしたら、トランスパーソナルセルフはわたしという「個」を超えた内なる神だと解釈してくれるといいかも。
下の図はエッグダイアグラムと呼ばれていて、「わたし」と「トランスパーソナルセルフ」の関係を図解したもの。

・上位無意識 無私の愛や科学・芸術などの直感
・中位無意識 顕在意識にひっぱってこれる心の状態
・下位無意識 恐怖やコンプレックスなど原始的な衝動
ちょっと解説すると、上位・中位・下位とあるけど、これは発達論的な分類のしかたで、道徳的にどうとかこうとかって話ではないよ。自分という心のフィールドには、さまざまな段階の無意識が同時存在しているの。恐怖とか体にもとづく原始的な欲求っていうのは、低次元なものだと勘違いされやすいよね。でもそうじゃなくて、たんに自分の精神が進化成長する過程で、その初期段階にいる自分の一部分に過ぎないんだよね。
いろいろ専門用語がでてきてわかりずらいかもしれないけど、ようするに霊的な人間の成長というのは、人間としての自己(わたし=セルフ)を核として、自分の中の様々な側面(これをサブパーソナリティーと呼ぶ)を統合しながら、全体としてより成長した自己になる。さらに最終的にはトランスパーソナル・セルフと統合することなんだよね。
■霊的な人間の成長
サイコシンセシスでは、そのプロセスを次のように考える。
- 自分の考え方の癖(心癖,思考パターン)や方向性など、自分自身の心のありように気づく。
- ネガティブな自分も含めて、ありのままの自分を認め、受け入れてゆく(自己受容)。
- トランスパーソナルセルフ(魂・高次の自己)に対する実感をともなう気づき。
- 日々の生活のなかでトランスパーソナルセルフとの一体感を感じながら、さらに自分自身の豊かな創造力を高めて実人生に生かしてゆく。
簡単に言うと、日々の自分の心と向き合いながら、一歩ずつ着実に自分自身の様々な側面を受け入れてゆくことによって人間の精神は成長してゆくということ。
その成長の先にトランスパーソナルセルフとの実感を伴った接触や繋がる感覚があるわけです。
自分のトランスパーソナルセルフとの一体感を感じると、多くのひとが自分は宇宙そのものなんだと実感するんだけど、大事なのはここから。
一体感を味わったとき、人格の部分が未発達だと膨大なエネルギーを消化しきれないんだよね。そのためスピリチュアルエマージェンシーに陥ったり、逆に自我が増長して、一部のカルト宗教の教祖にみられるように自分は世界の中心であり救世主なのだと思いこんでしまったりするんだよね。とくに自我が増長してしまうと、本当の宇宙との一体感や自己成長への道に戻るのは難しい。(キョーコ注:一瞬と永遠が同居する感覚、自分は宇宙の中心であり、すべてであり、大いなるもののを創った創造主そのものであり、同時にそのなかのほんの小さな一部であり、わたしはあなた、あなたはわたしという感覚と、自我が増長した状態での自分は宇宙の中心だという感覚はまったく別次元のものです)
人格はエネルギーを受け入れる器だと考えるといいかも。人間はその器に見合ったエネルギーしか受け入れることができないんだよね。
そんなわけで本気で魂(トランスパーソナルセルフあるいはハイヤーセルフと呼んでもいい)との一体感を感じて生きてゆきたい、あるいはアセンションしたいなら、日々の現実的な生活のなかで、地道に自分と向き合いながら自己成長する必要があるわけです。
サイコシンセシスのイメージワークがアセンション、あるいは自己成長のツールとして有効なのは、こうした理論的背景に基づいて考え出されたからなんだよね。
※上のエッグダイアグラムですが、ほんとうはセルフ「わたし」から線を一本引いてトランスパーソナルセルフに繋ぐんですが、PCで作図したときうまく引くことができなかったので線なしでアップしてます。それと、卵の外側の領域が集合無意識です。
ペイントで作図するのってけっこう難しいよね(--;
ヒーリングと免疫システム 1
2012-01-20
最近、何人かの方からヒーリングについて質問を受けた。ヒーリングっていうのは定義が決まっていないだけに、人によってそのとらえ方は千差万別だよね。そこで今日はあらためてヒーリングをテーマに書いてみようと思う。
さてひとくちにヒーリングと言っても、大きく分けると以下の二種類に分類されるんだよね。
1 病変部や肉体に働きかけるエネルギー療法
2 オーラや魂に働きかけるエネルギー療法
今回のテーマは、1 病変部や肉体に働きかけるエネルギー療法について。
ヒーリングについて語るには、そもそも病気とは何なのかってところから説明する必要があるので、かたい話だけどしばらくお付き合いください。
1 免疫システム
・自律神経の働き
・顆粒球とリンパ球
・自律神経と白血球の関係
・免疫力と体温の関係
2 ヒーリングと免疫システムの関係
1 免疫システム
1996年新潟大学医学部教授・安保徹先生と医師である福田稔先生が、免疫システムに関する画期的な研究発表を行った。
どういうものかっていうと、自律神経は本来交感神経と副交感神経が相互に補い合っているのだが、このバランスが乱れ、交感神経と副交感神経のどちらか一方に偏ると病気になる。
これが「安保ー福田理論」と呼ばれる理論なんだよね。
これだけじゃわかんないので簡単に説明すると、もともと人間には感染症などさまざまな病気から肉体を守る免疫システムがそなわっていて、これが正常に稼動していれば健康を保つことができるんだよね。
■自律神経の働き
この免疫システムにとても大きな影響を与えているのが自律神経。
自律神経の特徴は、ものを食べたときに胃腸を動かしたり心臓を動かしたりといった生命維持に不可欠であるにも関わらず、自分の意志では動かすことができない機能をコントロールしているってところなんだよね。
自律神経には交感神経と副交感神経という、それぞれ異なる働きをするふたつの系統がある。交感神経は日中活動しているときやストレスを感じたときに活発に働く。また血圧を上昇させたり、心拍数を増やしたりする一方で胃腸の動きを抑制する。
これにたいして夜寝るときに活発に働くのが副交感神経で、胃腸の働きを促進したり血圧を下げ、呼吸を安定させてリラックスモードに導いたりする。
さらに自律神経は体温のコントロールを担っているんだよね。あとでこれは重要なポイントになってくるのでおぼえておいてね。
■顆粒球とリンパ球
さてこのふたつの自律神経に密接なかかわりを持つのが白血球の中の一種類である顆粒球とリンパ球なんだよね。
※白血球というのは血液中の細胞の総称のことで、一般に病院で血液のスクリーニング検査を受けると白血球数というのがでてきますが、そのうちわけは、マクロファージ・顆粒球(好酸球・好中球・好塩基球)・リンパ球の三種類です。このうち白血球全体の6割を占めるのが顆粒球、35パーセントがリンパ球です。
顆粒球の仕事は体に侵入した細菌や異物をやつける事。傷口が膿んだり、風邪をひくと最初は水鼻汁だったやつが黄緑色にかわったりするよね。あれは現在戦闘中ってことなんだよね。
で、この顆粒球は異物を丸呑みにするという戦闘形式なので、相手が小さすぎるとうまく処理できないんだよね。だから花粉やダニ、ウイルス、がん細胞などの小さなもの相手では戦えない。
じゃどうするのか?
ここでリンパ球の出番になる。リンパ球にはT細胞・B細胞・NK細胞をはじめ、さまざまな機能をもつものがある。それらが連携プレーで外部の花粉や日々体内に発生するがん細胞を処理するわけ。
■自律神経と白血球の関係
ところで自律神経と白血球(顆粒球&リンパ球)は密接な関係があるんだよね。安保先生いわく、ここがわかれば複雑な免疫システムの話もマスターできるって言うんだから重要ポイントだよね。
ずばり、交感神経が活発に働いているとき(交感神経優位)は顆粒球の働きが活発化する。副交感神経が活発に働いている(副交感神経優位)ときはリンパ球の働きが活発化するんだよね。
交感神経優位=顆粒球
副交感神経優位=リンパ球
たとえばふつうは日中は交感神経が活発に働いていて、夜になると副交感神経と交代するよね。ところがストレスがたまると、このバランスが崩れて一日中交感神経が緊張しっぱなしになってしまう。これが何日も続くと、副交感神経が体を元に戻すことができなくなって、リンパ球の数が減ってしまう。がん細胞を処理するのはリンパ球なので、こうなるとあっというまに免疫が落ちてゆくんだよね。
もうひとつ例をあげると、ストレスがたまって交感神経優位で顆粒球が増えすぎると、胃潰瘍などの組織破壊がおきる病気にかかりやすくなる。顆粒球っていうのは寿命が二、三日程度しかないうえ、死ぬと活性酸素を放出するんだよね。この活性酸素がくせもので、周囲の細胞を酸化させて粘膜を破壊してしまう。その結果、たとえば胃なら胃潰瘍といった症状になっちゃうんだよね。
いっぽう副交感神経が優位になりすぎるのも問題を引き起こす。
アレルギー疾患が典型的な例で、副交感神経優位によってリンパ球が慢性的に増えるとどうなるか? ダニやホコリ、花粉など、本来反応しなくていいものにまで過敏に反応するようになっちゃうわけ。
交感神経優位=顆粒球が多いとき
癌・胃潰瘍などの炎症性の病気・慢性関節リウマチ
副交感神経優位=リンパ球が多いとき
アレルギー疾患(アトピー性皮膚炎・花粉症・ぜんそくetc.)
■免疫力と体温の関係
免疫システムは顆粒球とリンパ球で成り立っているけど、それらがバランスよく働くためには条件がある。
それはなにか?
ずばり一定以上の体温が必要なんだよね。
血液が全身をめぐることによって体温は保たれているので、血流を途絶えさせないことが重要になってくる。逆に血液の流れが悪くなると、てきめんに体温が下がる。すると免疫システムは目に見えて低下するんだよね。
体温調整は交感神経と副交感神経がおたがいにバランスをとりながらおこなっているけど、たとえばストレスがたまりすぎて交感神経が緊張しっぱなしになると血流がとだえて低体温になる。
で、免疫機能がダウンする。
じゃ刺激のない生活を続けていれば副交感神経が優位になるから体温も安定していいかっていうと、そうでもない。過ぎたるはおよばざるがごとしって諺があるけど、副交感神経優位が続きっぱなしでも低体温になってしまう。
ようするにバランスの問題なんだよね。交感神経優位、副交感神経優位、どちらに傾いてもまずい。
ストレスが続いたり感染症などにかかると、交感神経優位になって炎症部分に顆粒球が集り、組織が破壊される。免疫系はダメージ修復しようとするため発熱、痛みなどの症状がでる。
つまり発熱や痛みは免疫システムによる治癒のプロセスの一環なんだよね。ここ重要です。
たとえばわかりやすい例が風邪。
風邪をひくと高熱がでるよね。これは体温を上げることによって、リンパ球の数を増やす目的があるんだよね。対ウイルス担当のリンパ球を増やすことで免疫システムがフル稼動して、風邪のウイルスを撃退するわけ。だからむやみやたらに解熱剤を使うと、せっかく体が本来の免疫システムを稼動させて風邪ウイルスを撃退しようとしているのに逆効果になっちゃうんだよね。
2 に続く
ヒーリングと免疫システム 2
2012-01-20
ヒーリングと免疫システムの関係
気功も含めて肉体に働きかけるヒーリングの場合、この免疫システムに焦点を当ててエネルギー(気あるいはプラーナなどとも呼ばれる)を送るんだよね。すると自律神経のバランスが整えられて、当人の本来もっている免疫システムが活性化し始める。
ヒーラーは医者じゃないので治療という言葉は使っちゃまずい。だからヒーリングの目的は気の流れを整えることであり、治癒の部分はあくまでも副次的なものという位置づけだけど、実際には体調が良くなる人が多い。
ヒーリングが実際に肉体に影響をおよぼしているかどうかは、好転反応の出方をみればすぐにわかる。何らかの疾患を抱えている方の場合、自律神経のバランスに焦点をあててヒーリングすると、痛みや発熱といった好転反応が出るケースが多い。これは免疫システムが活性化し始めるときに起きる治癒のプロセスにのっとった体の反応なんだよね。
こうした肉体に働きかけるヒーリングの場合はスピリチュアルな力は必要ない。もちろんあればあったでかまわないけれど、ポイントさえ知っていれば、練習しだいで誰でも使える気のエネルギーで十分に効果がある。
ただしストレスが免疫システムにあたえる影響の大きさを考えると、肉体のヒーリングと同時に悩みの根元を目を向ける必要がある。そうじゃないと後日再発するか、もしくは別の病気にかかる可能性が高いんだよね。
なぜだろう?
その理由は、心と体は密接に結びついているからなんだよね。
病気っていうのは、そのひとの内側に住む魂からのメッセージなんだよね。
その人が心から望んでいる生き方と違った道を歩いているとき、あるいは本当の気持を抑えつけて必死にまわりに合わせようとしているとき、
「そうじゃないよ。自分の本当の気持に気づきなさい」
「生まれてきた意味に気づきなさい」
魂は病気やトラブルをとおして無言のメッセージを送っているんだよね。
だから病気になったとき、肉体だけを治しても意味はない。それは問題の先送りに過ぎないからなんだよね。魂はふたたび別の形で、そのひとにメッセージを送る。
「気づきなさい」
と。
だから本当の意味での癒しと人間としての成長を考えるなら、エネルギーヒーリングと同時に心理療法による心のケアが重要になってくる。病気を治すだけなら安保先生の理論を取り入れた病院が増えてきているし、なにもヒーリングにこだわる必要なんてないんだよね。
ヒーリングはまだまだキワモノ扱いをされているし、目に見えなくてよくわからないと言われているけれど、気を整えることや肉体の病変を主軸にすえたヒーリングの場合はポイントさえ間違わなければ明確に結果がでる。これは鍼灸や西洋医学と同じで、きわめて論理的な話であって神秘でもなんでもない。ここをしっかり押さえておかないと、カルトや霊感商法にひっかかっちゃうんだよね。
さてここまでは肉体面に重点を置いたヒーリングのお話。魂や霊的なレベルに作用するヒーリングの場合は、またちょっと話が違ってくる。
気やプラーナと呼ばれるエネルギーにも、じつは段階があるんだよね。より波動が細かくなってゆくほど、魂や霊的な部分に働きかけることができるようになる。
この段階のエネルギーを使ったヒーリングの場合は、単に肉体に働きかけるのではなく、魂そのものに働きかける。そのためそのひとの魂の働きがより活性化して、本来のそのひと自身の人生を生きようとする力が強くなる。すると気づきを促すための魂からのさまざまな働きかけが始まるため、必然的に相手の成長をサポートする必要がでてくるんだよね。
だからこの段階のエネルギーを使うヒーラーには心理学や心理療法もふくめ、さまざまな知識と技術が必要になってくる。そして最終的に、ヒーラー自身の在りかたが問われるんだよね。
どう在りたいのか?
あなたは、ひととしてどう在りたいのか?
現在人間力養成講座をマスターしたひと限定でヒーリングをお教えしているのは、単なる肉体面の治療屋を増産したくないからなんだよね。
・・・っていうか、それならあえてヒーリングを選ぶ必要はないんだよね。
時代は肉体・心・魂の三位一体、ホリスティックな医療に向かっている。それをふまえたうえで、本物のヒーラーを育てようと思えば当然時間がかかる。ようするにどんな仕事も本気で取り組もうと思ったら、地道な努力が必要だってこと。
まあそんなわけで、今回は医学的見地からみたヒーリングのお話でした。
※ 1の免疫のしくみに関しては、血液学・免疫学等の教科書、安保徹先生の著書『ガン免疫力』を参考に書いていますので、キョーコのオリジナルではありません。2のヒーリングと免疫システムに関しては私見です。
2006年3月24日
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ヒーリング 1 ヒーリングとは何か?
2012-01-20
■ヒーリングとは何か?
ヒーリングといえば手かざし、あるいは直接お客様の体に手を触れて施術をおこなうのが一般的ですが、当ヒーリングサロンでは同じ空間でヒーラーと会話をしているだけで、お客様に必要なヒーリングエネルギーがお客様の魂と肉体に流れます。
施術にあまり時間を使わないぶん、カウンセリングや各種ワークのためにじゅうぶんに時間をとることができるのが特徴です。一般的に数回~十数回のセッションの流れは以下のとおりです。
エネルギーを使ったヒーリング(エネルギーヒーリング)を受けると、お客様の魂は本来の自分に戻ろうとするため、いわゆる好転反応と呼ばれる心と体の変化が始まります。
ルテラムウでは最初の数回は、この変化を乗りきるために必要な、心理療法に基づいたセルフケア(フォーカシング・認知行動療法・日記ワーク等)の方法をお教えします。
そのうえでお客様のお心の状態もふくめタイミングをみて、お客様が納得されたうえで本格的なエネルギーワーク(チャクラヒーリング、全身ヒーリングetc.)にはいります。
■ヒーリングのエネルギーの源
わたしたちの肉体には魂を中心としたいくつものもエネルギーの層があります。このエネルギーがバランスよく流れていれば、心身ともに健康な状態です。ところが怒り・悲しみ・寂しさ・無力感などのネガティブな感情が強すぎると、このエネルギーの流れが滞ってしまいます。
ヒーリングでは宇宙の根源のエネルギー・光のエネルギー・高次元エネルギーなどと呼ばれる波動の細かなエネルギーをヒーラーが中継してお客様の心身に流します。
するとお客様に付着していたネガティブなエネルギーが浄化されたり、それまで滞っていた気が流れはじめ、お客様のもつ本来のエネルギーバランスが回復します。
ヒーリングの源である宇宙の根源のエネルギーとはなんでしょう?
その力は太陽や大地や大気、森や海やすべての生き物の中に存在しています。詩人はそれを愛と呼び、哲学者は真理と呼び、科学者は宇宙の法則と呼びました。東洋では気・プラーナ、宗教者は神と呼びます。
どのような呼び方であってもよいと思います。
それは目に見えないけれど、わたしたち人間はもちろん、足元の草や木をはじめ、さまざまな生き物たち、それらすべてを生かす大地、風や水――そうしたものすべてを生かす大きな”流れ”です。
それは”繋がってゆく力”と言いかえてもいいかもしれません。わたしたち誰もがもともと持っていた力であり、すべてを成り立たせる力そのものでもあります。
本来人間は誰でも自分の魂、つまりハイヤーセルフを通じて、自然や宇宙・光と繋がるパイプをもっています。
ところが現代に生きるわたしたちの多くは、自分のなかに”繋がってゆく力”があるのを忘れて生きています。長い間、使われることなく放置されていた目に見えない光と繋がるパイプはホコリが詰まっていたり、さびつています。
エネルギーヒーリングでは、ヒーラーが媒体となって宇宙の根源のエネルギーをお客様の魂と心身に流すことによって、お客様の中にあるパイプのホコリやさびを取り除きます。
ちょうど呼び水のようなものだとお考えください。
いちど光・宇宙エネルギーとの繋がりが回復すると、徐々にお客様の中の光と繋がるパイプが太くなり、より多くのエネルギーを受け取ることができるようになってゆきます。
■ヒーリングの効果
エネルギーヒーリングを受けると、いままで澱んでいた生命力が活性化され、ハイヤーセルフ(魂)が本来もっていたパワーや運を呼び込む力を取り戻し始めます。
ハイヤーセルフ(魂)が宇宙の根源のエネルギーとふれることによって、その霊的な成長が加速され、ハイヤーセルフ(魂)の波動そのものが、よりきめ細かなものに変わってゆきます。その結果、ハイヤーセルフ(魂)は今まで以上に人間である自分自身の人生をコントロールする力を発揮し始めます。
ルテラムウのヒーリングエネルギーはハイヤーセルフ(魂)そのものに強く作用する力があります。
ハイヤーセルフ(魂)が活発に働きはじめると、ハイヤーセルフは人間であるあなたの心の成長を強く促しはじめます。
するといつのまにかあなたは願ったとおりの人生を歩んでいることに気づくでしょう。
※ヒーリングにはレイキや気功など、さまざまな種類がありますが、ルテラムウのヒーリングエネルギーはシャーマンでもある白鳥が宇宙の根源のエネルギーと合一するという体験を通して道を拓いたものです。
『ルテラムウ』という言葉は、明け方の祈りの中で聴こえてきた超古代の言葉で、物事の始まり・始動を意味します。
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ヒーリング 2 ハイヤーセルフへの道
2012-01-20
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■心の成長とエネルギーワークの関係
心の成長とエネルギーワーク、そしてハイヤーセルフの関係はどうなっているのでしょう?
ヒーリングのプロセスを簡単にまとめると、人間の心は次のようなプロセスを通って成長してゆきます。
- 考え方の癖(心癖、思考パターン)や方向性など、自分自身の心の状態を自覚する(否認→意識化)。
- ネガティブな自分も含めて、ありのままの自分を認め、受け入れてゆく(自己受容)。
- ハイヤーセルフ(魂・高次の自己・トランスパーソナルセルフ)に対する実感をともなう気づき。
- 日々の生活のなかでハイヤーセルフのサポートを受けながら豊かな創造力を発揮して、それを人生に生かしてゆく。
簡単に言うと、日常生活のなかで自分自身と向き合いながら、自分という人間のさまざまな側面を受け入れてゆくことによって人間として成長してゆくということです。
その成長した先にハイヤーセルフとの実感をともなった接触や繋がる感覚があるわけです。
ここでちょっと実をいっぱいつけたりんごの木を思い浮かべてみてください。
よく見ると、まだ青いものや傷のあるもの、あるいは真っ赤に熟しておいしそうなものとか、いろいろなりんごの実があって、それがひとつの木にたわわに実ってているのをイメージしてください。
人間もこれと同じです。
たとえばわたしなら「わたし」という木にたくさんのりんごがなっているように、「わたし」の中にもたくさんの顔があります。
短気なわたし、おおらかなわたし、冷静なわたし、意地悪なわたし、自愛に満ちたわたしetc.といった具合に、ひとりの人間の仲にたくさんの顔がありますよね。
傷ついたりんごのように苦しい自分もいるけれど、ピュアで瑞々しい自分もいる。わがままだったり、ひとに意地悪を言っている時は、傷ついたりんごの自分が前面にでているのかもしれません。
でも24時間、傷ついたりんごでいるわけじゃない。豊かな感性をもった自分がいて、それが表に出ているときもあれば、優しい自愛に満ちた自分がふと顔をだしているときもあると思うのです。
自分の中のすくすくと育ったりんごが、まだ青くて傷ついたりんごをフォローしながら、おたがいに協力して、全体としての「わたし」であるりんごの木が豊かになってゆくことができたら素敵ですよね。
これが心の成長と統合です。
たくさんの実をつけた一本のりんごの木が通常の「わたし=パーソナルセルフ」だとしたら、ハイヤーセルフはりんごを育む大地そのもの、地球そのものだと考えてください。
つまりエネルギーワークをともなったヒーリングを始めると、上記のプロセスをたどってハイヤーセルフへの道を歩きはじめます。怒りやさまざまな感情を自覚するプロセスの一環として、好転反応が起こるわけです。
そしてこのハイヤーセルフにいたる心の成長こそが、アセンションの正体でもあるわけです。
■ハイヤーセルフへの道
ルテラムウではこうした統合・成長のプロセスを乗りきるために、きめ細かなカウンセリングやイメージワークをはじめとしたさまざまな心理療法の手法を使って、お客様の心の成長をサポートしてゆきます。
今の時代は昔にくらべると、トランスパーソナルな覚醒、つまり「個」を越えた本質的な自己の存在に気づく方が多くなっています。
ところがそのプロセスが一般にはあまり知られていないため、ハイヤーセルフとの統合のプロセスの通過点にある苦痛や絶望的な気持ちに飲み込まれて道に迷ったり、逆に通常のわたしたちのもつ自我とハイヤーセルフの違いがわからなくなって地に足が着かなくなってしまった結果、擬似覚醒を本物の覚醒と勘違いして精神の成長が止まってしまうことも多々あります。
必要なときに適切なアドバイスがあれば、もっとスムーズに成長のプロセスをたどることができます。
たとえて言うなら、こんな感じかな。
自分がファンタジー小説の主人公になったと想像してみてください。物語の要所要所で、賢者や魔法使いが危険の脱出法や秘密の地図、あるいは宝物のある場所の攻略法を教えてくれたり、いまどのあたりにいるのか教えてくれたりしますよね。ヒーラーは主人公をそっと手助けする賢者の役割だと思ってくださるといいかもしれません。
人生という物語の主人公はあなたです。
そして主人公が心から道を望むなら、道はかならず拓けます。
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ヒーリング 3 好転反応
2012-01-20
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はじめてエネルギーワークを受けると、精神面・肉体面に好転反応が起きる場合があります。
■好転反応とは
ヒーリングエネルギーを浴びて力をつけたハイヤーセルフ(魂)は、人間であるあなたが本当の意味で癒され、本来のあなた自身に戻るために、あなたの心の成長を促しはじめます。その結果、精神面においては、ヒーリング2で書いたようなプロセスがはじまります。これを好転反応と呼んでいます。
また肉体面においては、エネルギーを浴びることによって、それまで滞っていた気の流れが活性化し、全体的にバランスを取り戻し始めるため一時的に以下の症状がでる場合があります。
1 弛緩反応 だるい・眠い・倦怠感など。
2 過敏反応 便秘・下痢・腫れ・痛み・発汗など。
3 排泄反応 吹き出物・発疹・目やに・
4 回復反応 発熱・痛み・吐き気・腹痛・だるい
こうした症状は、傷が治癒してゆく過程で膿をだす作用と似ています。皮膚が破れ膿がでてしまえば、新しい皮膚が再生して傷も回復してゆきますし、逆にいつまでも膿がたまっていると、それだけ回復が長引きます。
好転反応も同じように考えてください。
お客様の心の状態、肉体の状態によって好転反応の出方はかなり個人差がありますが、どのような出方をしても、それは心身がバランスを取り戻してゆくために必要なプロセスであると理解してください。
また体と心は直結していますので、肉体の症状はそれまで押さえつけていた本当の気持ちや魂からのメッセージでもあります。その意味でも好転反応をどうのりきってゆくかが大切になってゆきます。
好転反応は心の成長にとって、非常に重要なプロセスだということがおわかりいただけたかと思います。
セッションでは好転反応、つまりヒーリングのプロセスを乗りきるためにイメージワーク、フォーカシング、認知行動療法、NLP、交流分析などさまざまな方法を使いながら、お客様をサポートしてゆきます。ここが一般的な心理カウンセリングともスピリチュアル系ヒーリングとも違うルテラムウのエネルギーヒーリングの真髄です。
好転反応はあなたが本来のあなたに戻るためのハイヤーセルフ(魂)の導きです。
なおエネルギーワークは医療行為ではありません。副次的にアトピーやさまざまな身体的な症状が治癒することは多々ありますが、あくまでも心のケアをメインにサポートしております。
また以下の条件にあてはまる場合は、申しわけありませんが、エネルギーワークをお受けすることはできません。
- 抗うつ剤、精神安定剤、睡眠薬等を服用していらっしゃる方
- 重度の不整脈の方
- 精神疾患を抱えていらしゃる方
『運命がお前を選んだのだ』
2012-01-20
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先日、近くのレンタルビデオ屋さんで「ロード・オブ・ザ・リング」の第一部を借りてきました。ずっと観たかったんだけど、なかなか映画館に足を運ぶ暇がなくて、レンタル始まったらすぐに借りに行こうと思っていたのに、いざ始まるといつ行ってもレンタル中。
というわけで、先週ようやく観ることができたんだけど、正直いって感動しました。
わたしは小説のほうは読んだことがないので純粋に映画のみの話になりますけど、壮大なファンタジーの世界をじつに魅力的に表現していると思います。スピード感とかメリハリという意味では、同じファンタジー系のハリーポッターやネバーエンディングストーリーに負けるけど、それ以上に心に響くものがありました。それは、この映画のもつ世界観です。
過去から未来へ、すべてのものが必然的な因果関係の中でつながっているという世界観。
主人公のフロドは自分が指輪を受け継いでしまったという現実を受け入れることができずにいました。その時に魔法使いのガンダルフがこんなことを言います。
おまえは、偶然指輪を引き継ぐことになったと思っているが、それは違う。世界には闇の力以外の別の、もうひとつの力が働いている。おまえがビルボから指輪を引き継いだのは必然だ。運命がおまえを選んだのだ。・・・そう思えば、乗り越えようとする力も沸いてくるだろう?
正確なセリフは覚えていないんだけど、こんな内容だったと思います。
そうなんだよね。
自分の今この瞬間の現実を受け入れることが、人間にはいちばん難しいのかもしれません。熱くも冷たくもない、ぬるま湯のような状況だったら楽だし受け入れるのは簡単だよね。だけど、自分にとって納得のいかない現実だったら・・・あるいは受け入れるには少々手に余るような状況だったら・・・。
卑近な例で申しわけないんだけど、たとえばずっと憧れていたプロジェクトが偶然転がり込んできて、引き受けざるを得なくなったらどうだろう。自分にはそれをやりとげるだけの実力なんてないんじゃないかという自己評価だとしたら、やっぱり悩むよねえ。もっと適任者がいるはずなのに、なんで自分が・・・そんでもってプロジェクトを実行してゆく上で、苦境に立たされたら、ますますツライ。
でも、それを引き受けたのは運命だって考えたら、それこそ腹をくくるしかなくなるよね。
大なり小なり、生きてゆくうえでこんなことはしょっちゅうだと思う。
でもごくふつうに生きている自分には、フロドのように世界の命運を引き受けるなんてことは起こり得ないと思うでしょ?
そんなことはありません。
この現実世界においても、すべてのものが過去から未来へと繋がっているんじゃないかなあ。ひとはそれぞれ、もって生まれた役割があって、誰が欠けてもだめなんだと思う。自分なんか・・・って自己嫌悪でいっぱいになっていても、そのひとにはそのひとにしかできない役割があるんだよね。それは歴史上に名前を残すとかそんなことじゃなくて、たとえば誰かを愛することであったり、心の絆を深めることかもしれない。あるいは親として子供を育てていくことかもしれない。地域や社会にちいさな貢献をすることかもしれないし、誰かの反面教師になることかもしれない。
ただひとつ確かなのは、今この世に存在しているあなたがいなければ、世界は別の形になっているってこと。そして、それはまるでSF小説にでてくるパラレルワールドのように、10年後、100年後、まったく違うもうひとつの未来を形作ってしまうってことだよね。
だから、あなたがそこにいなくちゃだめなんです。そしてあなたの心ひとつで、あなただけではなく、地球の未来そのものが大きく変わってしまうんです。
そう・・・フロドが指輪を引き継いだように、すべてのひとが指輪を引き継いでこの世に生まれてきたんです。その指輪は目に見えないから、なかなかみんな気がつかない。でもたしかに約束したんですよ。そして、その約束はたいていの場合、渦中にいるときは、それが約束だったことに気がつきません。ずっとあとになってから、それが生まれる前からの約束だったことに気がつくんですよ。
どんな約束したのかさっぱり心当たりがないって? そういうひとには約束を思い出すためのヒントをあげる。
あのね、目の前の現実から逃げないこと、ただそれだけです。
・・・それは運命だ。そう思えば、乗り越えようとする力も沸いてくるだろう? ・・・ってね。
2003.2.8 『カイロンの翼』より
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原点
2012-01-20
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今日はひさしぶりにふだんあまり行かない家から少し離れた本屋までいってきました。雨の中、のんびりと田んぼのあぜ道を歩いていると、色鮮やかな紅梅を見つけました。雨に濡れそぼった、濃いピンクの花びらがなんともいえず美しい。足もとに目をやれば道端の雑草も雨に濡れて、心なしか生き返ったような色をしていました。
そういえばずいぶん昔、ある年配の方にこんなことを言われたことがありました。
「あなたは葉っぱに落ちる雨の音と、道端に落ちる雨の音の違いがわからないでしょう」
その当時のわたしは良くいえば向上心がある、悪くいえばワーカホリックといった状態で、仕事もそれなりに成功していたにもかかわらず、常に何かに追い立てられているような焦りを感じていました。どれだけ仕事がうまくいっても、ひとに褒められても、心のなかはいつも空っぽだったんだよね。だからそのむなしさを埋めるために、がむしゃらに働いたんだと思う。
今でこそこんなに穏やかだけど(笑)、あの当時は気性も激しかったから、よく議論にもなった。わたしはもともと論理的に物事を考えるのが好きなほうだから、たぶん非の打ち所のない正論を言っていたと思うんだよね。たいてい最後には相手は反論できなくて黙ってしまうことが多かったの。でもね、いま思うと議論で勝って、心で負けていたんだよね。
どんなに正しいことを言っていても、その言葉に心がなければ何も生み出すことができないんだよね。いっけん確かに非の打ち所のない正論なのに、なんとなく違和感を覚えることってよくあるよね。それはそうした言動をとる根本の動機が「怒り」だからなんだと思う。
以前の自分がそうだったからよくわかる。原発反対・エコロジー運動・環境保全etc. こうしたものに少しだけかかわったことがあるんだけど、あの頃自分は正しいことをしていると信じて疑わなかったし、理論武装も完璧だった。
でもわたしの場合は、自分自身に対する怒りとか虚しさとか、そういった感情が心の奥にたくさんあって、ずっとそうした感情から目をそらし続けていたんだよね。目をそらしていることにすら気がついていなかったかもしれない。根本の動機が自分に向けた怒りなんだから、争いを生むことはできても、それ以上のものを生み出すことなんてできるわけがなかったんだよね。
「ネバーエンディングストーリー2」は空っぽが世界を飲み込んでいくっていうお話なんだけど、その時主人公のバスティアンが空っぽの女王に言う言葉。
「あなたに愛を!」
それはあの頃のわたし自身に向けられた言葉そのものだったのかもしれない。
あれから何年もの月日が流れた。
いまなら道端の柔らかい土に落ちる雨音も梅の花びらを濡らす雨音もわかるよ。
この音を感じるために、ここまで歩いてきたんだと思う。
わたしに厳しい言葉を送ってくれた人生の先輩へ。
ありがとう。
心をから感謝をこめて。
2003.3.7 『カイロンの翼』より
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満ちてゆく月に思うこと
2012-01-20
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日本の古事記をはじめ、インドのリグベータやギリシャ神話など世界にはさまざまな神話や伝説が残されていますよね。それは人間の本質を突いた原型の物語であったり、一部史実が含まれていたものであったり、神話の解釈はそれこそ研究者によってさまざまですが、ひとつだけ確かなのは、神話はたんなる無意味な作り話ではないのだということでしょうか。
世界各地に散らばる神話を集めて、読み比べてゆくと実に多くの共通点が見えてきます。アジア諸国や沖縄に伝わる神話などにははっきりと洪水伝説が見受けられます。洪水伝説といえば有名なのはノアの大洪水の物語ですよね。
神話はある程度、その民族のカラーが盛り込まれていますから、そのまま100パーセント鵜呑みにすることはできませんが、世界の謎を解く手がかりの一端にはなるのではないでしょうか。
古代の人々は何を思って神話を残し、わたしたちに何を伝えたかったのでしょう?
わたしたちはもっと謙虚になって、文明が始まる以前の、遠い古の時代の声に耳を傾けてもいいのかもしれません。
そして今思うことは、何が起ころうと最終的にはそれが良い結果に変わるということです。
なぜならもしもこの世界を創った「なにか」あるいは「何者か」が意志をもった存在であるなら、その心に深い、限りなく深い愛を感じるからです。キョーコはそれを神々と呼びますが、神々というネーミングにこだわらなくてもいいんです。宇宙の意志、自然への畏怖、な・に・か・・・どんな呼び方をしてもいいと思うんです。
身近なことでいえば、わたしがHPを立ち上げる前に何回かヒーリングさせていただいたお子さんがいます。重度のアトピーでしたが、数回のヒーリングですっかりきれいになりました。
でもアトピー完治以上にその母子にとって大きかったのは、心の問題でした。子供のアトピー症状を治す過程で、母親も子も自分自身の心を見つめる必要性に迫られたからです。
母親の側の子供に対する過剰な期待と干渉、それは親である彼女の心の奥で泣きじゃくっている幼い子供のままの彼女自身の精一杯の自己表現だったんです。きっとお子さんのアトピーということがなければ、彼女が自分自身の心を見つめてゆくのはもっと先のことになっていたかもしれません。
こんなふうに考えてゆくと苦しみの元凶に思える病気もまた、より良い状態に変化するためのきっかけなのだと思えてなりません。目に見える物事にとらわれ過ぎると、ひとはしばしば道を見失います。
物事それ自体には幸不幸はありません。ただ厳然と事実が存在するだけです。それは、死さえもそうなのだと思います。
それを意味づけしてゆくのは人間です。あたえられた物事や環境をプラスに転換してゆけるかどうか?
わたしたちを取り巻く目に見えない気というかエネルギーが大きく変動してゆく中で、あらゆるものが目に見える形で変動してゆくでしょう。問題を先送りすれば、それだけ問題解決に要するエネルギーがより多く必要になります。
どうぞ変化を恐れないでください。
そして変化が起きたときは、潔くそれを受け止めてください。
だいじょうぶ。
恐れることはありません。
その渦中で、ひととして出来うる限りの愛の心をもってください。
ひとりひとりのそうした心が、より多くのひとの心を救うでしょう。
あなたもわたしも、すべてのひとが大切な存在なのです。
それぞれがそれぞれの方法で輝けばいいのですから、ひとを気にすることなく、どうぞ自分の力を信じて日々を歩まれてください。
そして・・・・・夜空に輝く美しい月を見たら思い出してください。
人間もまた大いなる自然の一部なのです。
あなたはひとであると同時に、大地であり、空であり、足元のちいさな雑草でもあるんです。
あなたが悲しむとき、その心はさざ波のように空や大地に伝わってゆきます。
そしてかれらはかぎりない愛とともに、かすかにいらえを返してくるでしょう。
そう・・・わたしたちは決して孤独ではないんですよ。
なぜなら――
わたしたちは、この世界に抱かれた大切な赤子のひとりなのですから。
2003.3.16 『カイロンの翼』より
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ヒーリングの本質
2012-01-20
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エネルギー系のヒーリングというのは、多かれ少なかれ外部の光エネルギーが関与する。その光エネルギーの質がクライアントの持つ生体エネルギーと大きな差がなければ、それほど強い好転反応は出ない。
ところがヒーラーの使うエネルギーの質が、人間のそれよりも細かくなってゆけばゆくほど好転反応の出方も激しくなってくる。
もともと好転反応というのは、光エネルギーを浴びることによって心の奥深くに住む魂が表面の自分に成長を促す結果、いっけんネガティブに思えるさまざまな変化のことだ。
これはそのひと自身の魂の導きと言い換えてもいい。
そしてじつはこれこそが精神世界でアセンションと呼ばれているものの正体でもある。
では心の成長とは何だろう?
それは自分のいい面も悪い面も含めて、自分自身をまるごと受け入れてゆくことなのだ。
たとえば姑がくれたプレゼントの包みをひらいた瞬間、「あまり趣味じゃないな~」と思う自分。
近所の奥さんにごみの出し方が悪いと言われて「うるさいなあ!」と思ってしまう自分。
友人の成功を素直に喜べず、心の奥で嫉妬している自分。
そういう自分を「情けないな~」と批判している自分。
あげてゆけばキリがない。
ありのままの自分を許す、愛する、受け入れるというのは、じつは思いのほか難しかったりする。
ヒーリングを受けると、魂は「自分の否定的な部分と向き合いなさい」と促し始める。
結果、どんどん自分のなかのネガティブな気持を見せ付けられるはめになるわけだ。
だが何度でも言うけど、心の成長にはこのプロセスを避けて通ることは不可能だ。
なぜなら自分自身と向き合うことが成長の第一歩だからだ。
つまり、ヒーリングの効果を最大限に発揮するには、いかに好転反応という与えられたチャンスを生かしてゆくかに尽きるといっても過言ではない(お。
というより、ズバっと言っちゃえば、「ヒーリングの本質は好転反応にあり」なのだ。
よくヒーリングを受けたけど何も変わらなかったという話を耳にする。
よくよく聞いてみるとそういう場合は、ただヒーリングエネルギーを受けっぱなしで、心理指導はほとんどなかったというのがほとんどだ。
それじゃあ変わるわけがない。
いや、正確には緩やかに変わっていっているのだ。
変わってはいるけど、成長速度がごく普通の日常のそれと同じなので、変化がわからないというのが実情だと思う。
サーフィンってあるよね?
わたしはやったことがないんだけど、サーフィンも上手に波に乗るにはそれなりのテクニックが必要だよね。
心の問題もそれと同じで、ネガティブな波、つまり成長のチャンスの波がきた時には、それ相応のテクニックが必要になってくる。テクニックなしで、いきなり大きな波にのれば、そりゃツライのは当然だ。
というわけでセッションでは好転反応をクリアするために様々な心理療法的なテクニックを使っている。
エネルギーヒーリングじたいは最初の頃なら、同じ空間にいるだけでじゅうぶんだ。
むしろセッション内容は心理指導、つまり自分自身の心と向き合ってゆくための具体的な方法についてがメインになってくる。もちろん次回までに取り組んで欲しい課題も出す。
そんなわけで、普通のヒーリングを想像していると、かなりイメージが違うかもしれないなあ(笑。
そして認知療法・フォーカシング・イメージワークなど、必要に応じて使い分けつつ、それぞれのペースで自己成長を目指してもらう。
ありのままの自分を受け入れてゆく。
さらによりクリエイティブな創造力を育ててパワフルに人生を切り拓いてゆく。
ヒーラーという言葉は優しいイメージがあるよね。
でもこれからの時代に必要なのは、強さに裏打ちされた優しさじゃないかな。
なのでわたし的には、いま育てようとしているのはヒーラーよりも魔女に近いかも(爆。
強く、優しく、たくましく。
客観的な視点をもちつつ、自分の感情に素直に生きる。
年明けあたりから魔女養成講座(全15回予定)の生徒募集を開始する予定(笑。
興味のある方は楽しみにしていてくださいね~♪
2004.11.25 『カイロンの翼』より
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風水害と地震 プロセスワーク
2012-01-20
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このところ地震、台風などの災害続きの日本列島だが、みなさまはお元気にお過ごしだろうか?
こう立て続けに自然災害が続くと、ふだんは何も考えずにのんきに暮らしているひとでもいろいろ考えるのだろう。
最近は友人たちと顔を合わすたびに、異口同音に最近の気象状況についてどう思うかと聞かれる。
どうもこうも・・・・・わたしは気象予報士じゃないからわからないよと答えるのだが、たしかに今年は例年とくらべて台風の進路がへんだ。
先日の紀伊半島沖地震もあいまって、なんとなく人々の心の根底に不安が広がっているようにも見える。
そもそも地震や台風がおきると、ひとはなぜ不安になるんだろう?
自然の脅威にさらされることによって、それまで送ってきた平穏無事な生活を失う可能性への恐れだろうか?
そして最終的には動物としての本能、つまり死への恐怖がよぎるせいかもしれない。
死への恐怖といえば、以前ある方からこんな話を聞いた。
癌ノイローゼという言葉を聞いたことがあるだろうか?
これは自分が癌かもしれないという不安で夜も眠れなくなってしまう一種の神経症だ。当然彼女はあちこちの病院に通っては検査を受けるのだが、医者は口をそろえて癌ではないから安心しなさいと言う。そう言われると彼女はますます不安になってさらに病院めぐりに拍車がかかる。
ところがこの彼女、とうとう本当の癌になってしまったのだ。
すると不思議なことが起こった。
「癌ですよ」
医者の宣告を聞いたとたん、彼女はまるで憑き物がとれたように不安がなくなってしまったのだ。
「今までこんなことで悩んでいたのかと思うと笑ってしまって」
その夜、彼女は数年ぶりに安心して眠れたという。
もちろん本物の癌にかかったことによって、癌ノイローゼは完全に治ってしまった。
そして癌になってから、はじめて生きている実感がもてるようになったのだと言う。
みなさんはこの話をどう思われるだろうか?
唐突だが、心理療法のひとつにアーノルド・ミンデルが始めたドリームボディワークという方法がある。日本ではプロセス指向心理学、あるいはPOPなどと呼ばれていて比較的新しい分野だ。
このドリームボディワークでは、病気をはじめとした身体症状はそのひとの人生においてその時々に必要な役割を果たしていると考える。原因を探って分析したり、症状を排除しようとするのではなく、身体症状もそのひとの内側から湧き上がってくる表現のひとつとして、その大きなうねりのような流れに身を任せる。
それは症状を通して、自分の内側からの声を受け止める作業なのだ。
そして自分の内側に押さえ込んでいた本心に気づいたとき、手遅れになっていなければ症状がすぅーっと消えてゆくことも多い。
さらにドリームボディーワークでは、わたしたちひとりひとりの心と目に見えるこの世界状況は密接に繋がっていると考える。つまり世界をひとりの人間の体だと見立てるなら、そこに住むわたしたちは「世界という存在」の心そのものなのだ。
ひとりの人間がたくさんの側面をもっているように、「世界」もたくさんの感情をもっている。
同時にひとりひとりの人間もまた世界の縮図なのだ。
自分の中にあるのに、これまでずっと気づかずにいた「感情」が存在していることに気づいたとき、その「感情」は居場所を与えられ、認められ、そして癒されてゆく。
感情というのは不思議なもので、気づかれないまま放置されていたときは自分の存在を主張して周囲を巻き込みながら不都合な出方をする。けれど存在を心から許され認められると、当人にとってよりプラスに働くように成長するのだ。
自分の心と向き合いながら自分自身を理解してゆくと、自分を取り巻く世界もまた変わってゆく。
なぜならわたしたちは常に世界と繋がり、わたしたちが思っている以上にずっと大きな影響力を世界に与えているからだ。
もしも世界という体の声を聞くことができたなら、わたしたちがどれほど世界から愛されているか気づくだろう。
もしも自分の体からの声を感じることができたなら、心も体も自然なプロセスを通りながら真実の人生を歩むことができるだろう。
自然は手ごわい。
けれどわたしたちは無力ではない。
なぜならわたしたちは世界の一部であり、自分自身を救うことは世界を救うことになるのだということを知っているからだ。
2004.09.09 『カイロンの翼』より
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